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鍛鉄放浪記

ウクライナ・鍛鉄イベント 2013年8月

 オランダの友人Huubから夏にウクライナで行われる鍛鉄イベントに来ないかと誘われ、事前にに日本の国旗を送って欲しいと連絡があり、指定された1m×2mの日の丸を送りました。

 2013年8月21日(水)、成田からパリ経由でウクライナの首都キエフに。キエフからイベントが行われるRivne(リウネ)までの400㎞はバスで5時間の移動。待ち時間も加えると27時間の長旅となりました。

 時差もあり到着した夕刻は屋外でのパーティーで20名ほどが歓迎してくれました。

 1991年、ウクライナがソ連崩壊後独立国となった記念週間でもあり、市庁舎前でのセレモニーを見学し、オープニングセレモニーが行われる鍛鉄学校にバスで到着すると、ウクライナ、オランダの国旗と並んで日の丸が掲げられていました。この時自分は単なるゲストでない事に気付きました。

 式典は関係者のスピーチのあと、ゲストのHuubと私が記念のパンをちぎって食べることから始まり、Huubの鍛鉄デモンストレーション、昼食会などが行われました。 

 

 

 


鍛鉄学校でのオープニング

鍛鉄家150名で会食

 夕刻には宿泊しているホテルでパーティーが行われ、東欧諸国やウクライナ全土から集まった鍛鉄家150名がウオッカを酌み交わしましたが、2年前に喘息発症後はお酒を控えている僕にはかなりきついお酒でした。

 

 


セントラル公園でメインフェスティバル開始

土曜日はいよいよイベント本番で、会場となるセントラル公園には朝早くから各々のブースでの準備が始まり、オランダチームの一員として、鍛鉄のデモンストレーションなどを行う事になりました。

フェスティバル・初日


 いよいよオープニング。ウクライナの鍛鉄家Romanさんが制作したモニュメント(二日目の夕刻には鍛鉄の花で飾られる)の除幕式のあとスピーカーの一人に指名され話すことに。 

 

  

 人前で話せるほど得意ではない英語で話すより日本語で行った方が楽しいと、英語・ウクライナ語の通訳の青年と打ち合わせで最初は英語で行い、その時のキーワードを彼に伝え日本語で行いました。受けました。会期中通訳の彼はあちこちで『日本語も話せるの?』と尋ねられたそうです。

 

 

 あちこちのブースでは鍛鉄の実演が行われ、中には記念モニュメントに飾る花を制作する人もいました。

 同時にエンゼルコンテストも開催され、自慢のエンゼルが並べられました。

 

フェスティバル・二日目

日曜日の朝はこのイベントのメインスポンサーであるニーナの工場とギャラリーを見学後会場に。

  

 

 早朝から厚紙で模型を作っていた猫をデモンストレーションで作ることにしましたが、その途中テレビの撮影や記念写真で度々中断。結局完成することが出来ませんでした。

 

 

 エンゼルの選考はイベントの参加者が作品の横に置かれた投票箱に札を入れる方式で、金賞はクオリティーの高さで自分も投票した右の写真の作品が圧倒的多数で決まり、夕方には続々とモニュメントに鍛鉄の花が飾られていきます。初回の昨年は50人足らずだったイベントも今年は3倍の規模になり、3時からは民族衣装を着た華やかな10000人の独立を祝うパレードに鍛鉄軍団も加わり行進しました。

  
 ソ連の長い統治下の間に鍛鉄技術の伝承が途絶えたように感じました。鍛鉄の専門学校の設立も出来たばかりで、東西の壁が崩壊したのちの1990年代前半ドイツから始まった国際交流を兼ねた技術継承の波がウクライナまで達したように思います。
 西田がデザインし制作するPAGEONEの作品の数々は彼らにとって新鮮で驚きであったようでしたがしかし、近い将来アートとしての鍛鉄工芸が飛躍的に発展する潜在能力がウクライナにはあると強く感じました。 

 

 

              続く


オーストリア・BAD-GOISERN 2005年8月

 ハンスは優しい兄貴だ。

 彼と奥さんのエリカには激暑のブダペストの鍛鉄イベントで、二度会った事がある。僕がハンガリーの鍛鉄家に親しみを感じる以上に、彼は彼らを愛している。その彼を、蹄鉄を叩く鍛冶屋なら知らない人はいないだろう。何故なら、40年ものキャリアに加え、カナダ・カルガリーで開かれる蹄鉄チャンピオンシップで2度も優勝しているからだ。 そのハンスからオーストリアのアルプス地方Bad-Goisernで開催される鍛鉄イベントに招待され、一週間彼の家にお世話になった。事実上のイベントリーダーである彼を慕って、イタリア・ドイツ・イギリス・スロバキア・スイスなど10カ国36人の鍛鉄工芸家が集まり、それぞれが2時間のデモンストレーションで作品を仕上げる。ひとかたまりの鉄を、叩く事だけで作品として仕上げる。そこが見せ場であり、テクニックも要する。会場となる町中心部にある石畳の噴水広場に、カン!カンッ!と鉄を叩く音を聞きつけて人が集まりだした。

 僕の出番は午後なので、昼食まではドイツから来たヨハンのブックエンド作りを手伝った。言葉はあまり通じなくても、彼が次に何を欲しているかが分かるのは、鍛鉄という共通言語を持っているからだろうか。 ここでもトウモロコシを作ることにした。ハンマーなどの道具はハンガリーから車でやって来たジョゼフ(年齢が同じで仲が良い)のものを借り、そのジョゼフとブックエンド作りのお礼にと、ヨハンが手伝ってくれた。(ここで簡単に作り方を説明すると、太さ約30ミリ・長さが25センチの角捧の半分をコーン状に叩き、残り半分を4つに裂いたのち皮状に模様をつけ、コーン側に反転させた付け根を叩いて、茎を作って出来上がり。)僕が加工用のハンマーを真っ赤な鉄に当て、そのハンマーのお尻を彼らが叩くという手順で進めた。ところが、頑張って叩き過ぎたために反転する部分の肉厚が薄くなりすぎ、茎状に叩くと4枚の内一枚の皮がこのままでは取れてしまう状態になった。会場の噴水広場ではどうする事も出来ない。

 途中からジョゼフに代わり手伝ってくれていた、同じくハンガリー人のビルモスが、居なくなったと思っていたら車の鍵を持って現れた。僕がホームスティしているハンスの家まで送ってくれ、工房の道具を使って何とか仕上げることが出来た。

 夕刻、アルプスの小さな町の小さな噴水広場は人がいっぱいになり、品定め出来るようにテーブルに作品が並べられ、いよいよオークションが始まった。見た目には分からないが、自分には溶接という反則を犯したという思いがあったので、手を上げる人が出てくれるのか不安だった。

 いよいよコーンだ。30ユーロから始まったセリは75ユーロで落ち着き、感謝の気持ちを込めて買ってくださった人と写真を撮った。遠くから並んで見ていたエリカとビルモスは、にっこり親指を立て僕にサインを送った。